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「黒い皿が欲しい」と言ったのに、持ち帰ったのは白い皿だった

広告・販促

これは正確な出典を思い出せないのだけれど、30年ほど前に聞いて、ずっと印象に残っている話がある。

日本のある食器メーカーが、新商品の参考にするためアンケートを行った。会場にはいくつもの皿が並べられ、参加した主婦たちに「どのお皿が欲しいですか」と尋ねたという。

人気が集まったのは、四角い黒い皿だった。

「モダンでおしゃれ」
「料理が映えそう」

そんな意見が多く、アンケートだけを見れば、黒い皿を商品化するのが良さそうに思える。

ところが最後に、「気に入ったお皿を一枚、お土産に持って帰ってください」と伝えると、多くの人が実際に手に取ったのは、丸い白い皿だったという。

この話を聞いたとき、妙に納得したのを覚えている。

「欲しい」と「実際に使う」は同じではない

アンケートで黒い皿を選んだ人たちは、別に嘘をついていたわけではないと思う。

黒い皿を見た瞬間には、本当に「素敵だ」「欲しい」と感じたのだろう。

黒い皿に料理を盛った食卓。少しおしゃれな暮らし。いつもの料理が、いつもより格好よく見えるかもしれない。

そこにはちょっとした憧れがある。

けれど、「では今日から家で使ってください」となると話が変わる。

今ある食器との組み合わせはどうか。毎日の料理に合うか。洗いやすいか。飽きずに使えるか。家族も使うだろうか。

そんな現実的なことが、一気に頭に入ってくる。

そして手が伸びるのは、見慣れた丸い白い皿だった。

「欲しい」と「使う」は、案外別のところで判断されている。

作る側は、このズレに何度も出会う

広告やデザインの仕事をしていると、この話を思い出すことがある。

お客様にいくつか案を見せると、

「これ、面白いですね」
「こういうの好きです」
「このデザインが一番目立ちますね」

と言われる。

ところが、実際に店頭に置く、印刷する、自分のお店の看板として使う、となった瞬間に、選ばれるものが変わることがある。

最初に評判が良かった案より、少し地味でも分かりやすい案。今のお店に馴染む案。長く使えそうな案に戻る。

これは珍しいことではない。

見るだけなら黒い皿を選べるけれど、自分の生活や商売の中に入れるとなると、白い皿を選ぶ。

デザインでも商品でも同じことが起きる。

アンケートだけでは分からないことがある

小さなお店でも、お客様に意見を聞くことはあると思う。

「どんなメニューが欲しいですか」
「どんなサービスがあったら利用したいですか」
「AとB、どちらのデザインが好きですか」

聞くこと自体は悪くない。

ただ、その答えをそのまま「売れるもの」と考えるのは少し危ない。

「欲しいです」と答えることと、実際に財布を開くことは違うからだ。

無料なら使いたい。
一度なら試したい。
面白そうだから気になる。

そこから「毎月お金を払って利用する」「自分の家に置く」「いつもの店を変えてまで買う」までには、かなり距離がある。

アンケートでは見えないものが、その間にたくさんある。

人は「理想の自分」で答えることがある

黒い皿の話で面白いのは、人には少なくとも二つの選び方があるように見えることだ。

一つは、「こういうものを選ぶ自分でありたい」という選び方。

もう一つは、「実際の自分の暮らしでは、これが使いやすい」という選び方だ。

アンケートでは、前者が出やすいのかもしれない。

少し洗練されたもの、新しいもの、今までとは違うものを選ぶ自分。それもその人の本当の気持ちだと思う。

一方で、持ち帰る段になると日常が顔を出す。

今夜の献立や、食器棚の中や、家族がどう使うかまで考える。

そこで白い皿になる。

どちらかが本音で、どちらかが嘘という話でもない。

人間には、その両方があるのだと思う。

広告も「黒い皿」だけを作ればいいわけではない

広告を作る側としては、ここが面白くもあり、難しいところだ。

人の目を引くには、少し意外なものが必要になる。見慣れたものだけを並べても、気づいてもらえない。

これは黒い皿の役割だ。

けれど、最終的に「ここに行ってみよう」「これを買おう」と思ってもらうには、安心材料もいる。

価格が分かる。
場所が分かる。
どんな人がやっているか分かる。
自分にも関係がありそうだと感じる。

こちらは白い皿に近い。

黒い皿だけでは「面白い広告だった」で終わることがあるし、白い皿だけでは、そもそも広告を見てもらえない。

目を止めてもらう部分と、実際に選んでもらう部分は、少し役割が違う。

小さなお店なら、言葉より行動を見る

小さなお店は、大きな会社のように何百人、何千人とアンケートを取ることはなかなかできない。

その代わり、実際のお客様の動きが近くで見える。

何を聞かれたのか。
どのメニューがよく見られているのか。
何を迷っているのか。
どの商品を手に取って、どの商品を戻したのか。
どんな広告から問い合わせが来たのか。

こうした小さな行動のほうが、アンケートの答えより役立つこともある。

お客様の言葉を疑うという意味ではない。

言葉だけでは拾えないものが、行動には出るということだ。

私なら、たぶん白い皿を持ち帰る

この話を聞いてからずいぶん経つけれど、今でも時々思い出す。

黒い皿を「いいな」と思う気持ちも分かるし、最後に白い皿を手に取る気持ちも分かる。

私自身、その場にいたら黒い皿をじっくり眺めて、「これはいいですね」と言いながら、帰るときには白い皿を持っているような気がする。

作る側にいると、つい「どちらが正しいのか」を決めたくなる。

でも実際には、黒い皿を欲しがる気持ちと、白い皿を選ぶ行動の間に、人がものを選ぶときの面白さがある。

商品を作るときも、広告を作るときも、「何が欲しいですか」と聞くだけでは分からない。

最後にその人が、どちらの皿を持って帰るのか。

私は、そちらのほうを見ていたいと思う。

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